四万の歴史と現在
四万の由来
四万温泉の名前は、四万の湯が『四万(よんまん)の病を癒す霊泉』であるとする伝説に由来します。
四万温泉の起源は二説あります
征夷大将軍坂上田村麻呂が入浴した事から誕生
桓武天皇(737~806)の御代に征夷大将軍として蝦夷征伐に来た坂上田村麻呂が、 この地で入浴したことが始まりという物です。
日向守碓氷貞光が童子(神)から神託を受けたことが始まり
もう一つは、永延3年(989年)に源頼光の家臣で、渡辺綱、坂田金時、卜部季武と共に四天王として勇名を轟かせた日向守碓氷貞光が、 越後から上野国に越えるときにこの四万の地に訪れて、山のたたずまいや谷川の響きに心を澄まし、夜もすがら読経をした。 夜半の頃、どこからともなく童子があらわれていうのに、『汝が読経の誠心に感じて四万「よんまん」の病悩を治する霊泉を授ける。我はこの山の神霊なり。』夢うつつにこの神託を聞いた貞光は、覚めて後に湧出する温泉を見つけた。
このことを不思議に感じた貞光は、一宇の堂を建立して自らの守本尊の薬師如来を安置し、日向守貞光寺薬師瑠璃如来と号し、温泉は「御夢想の湯」と呼び、神託にちなんでこの地を四万「しま」の郷と名付けたという伝説です。
四万の歴史
湯宿の始まり
四万温泉の山口地区で、湯宿を最初に開いたと伝えられているのは田村甚五郎です。
戦国時代、田村甚五郎は岩櫃城主である斎藤越前守基国に仕えていました。しかし、永禄6年(1563年)に真田行隆、信綱、昌幸などの武将を含めた甲斐武田氏の攻撃を受け、岩櫃城は落城し越後に逃れる事になりました。斎藤越前守に仕えた田村甚五郎は、四万を通って越後に落ちのびる斎藤氏を守るために四万温泉の山口地区に留まり追っ手を防ぐことになりました。やがてそのまま、四万温泉に土着することになったと言われています。
その後、山口地区において湯宿を始めたと言われています。
県内各地はもとより江戸からも来遊
古文書の「湯銭取立て帳」によると天和年間(1681~1684)には、温泉宿経営が成立していたことが明らかであり、 湯治客は県内各地はもとより武蔵国殊に江戸者の来遊があったことも記されています。
宿数も多かった
また別の古文書によると、宝暦年間には山口地区に浴場が2ヶ所、滝湯が二ヶ所、湯宿十軒、貸座敷有り、 新湯地区には浴場四ヶ所、蒸し湯四ヶ所、滝一ヶ所、湯宿七軒、貸座敷有りと記されています。
当時の湯場は個人の湯宿で独占したのではなく、共同湯に入湯していたそうです。 このことは、現在でも共同湯が四万温泉内各地区にあることにつながっている伝統だと思われます。
明治21年に交通整備がなされ湯治場として盛りに
幕末から明治初頭の四万温泉はさびれた状況であったようですが、温泉組合が成立する明治二十一年頃から賑やかになり、 明治後半には街道の道路整備(明治二十二年に中之条・四万間に県道が開通)もされて新湯を中心に湯治場として盛りになったようです。上記の道路開通により、中之条より人力車・馬車が通るようになり、その後馬車会社が設立されるなど交通の発達に伴って、 浴客が増加し四万温泉は活況を見せたようです。(参考:四万温泉史)
四万の源泉
国にはじめて認められた源泉・保養地
国民保養温泉地 第一号指定
四万温泉は昭和29年に国民保養温泉地の第一号に指定されました。 (同じ時に青森県の酸ヶ湯温泉、栃木県の日光湯元温泉の三温泉地が指定されました。)国民保養温泉地とは、以下のような条件を満たした上で、すぐれた温泉地として環境省により指定されます。
- 温泉の効能が顕著であること
- 湧出量が豊富であること
- 利用上適当な温度を有すること
- 環境衛生的条件が良好であること
- 付近一帯の景観が優れていること
- 適切な医療施設及び休養施設を有するか将来施設し得ること
- 医学的立場から適正な温泉利用、健康管理について指導を行う顧問医が設置されていること
- 交通が比較的便利であるか又は便利になる可能性のあること
- 災害に対し安全であること
四万温泉は「草津の上がり湯」
草津の湯が昔から多くの病を治すとして湯治場として栄えてきたのはご存じのことですが、 その酸性度は強烈であるため、江戸時代には酸性泉での湯治で荒れた肌を仕上げの湯と呼ばれる温泉で治癒することも行われておりました。 草津の仕上げの湯にあたるのが、同じ群馬県内にある四万温泉です。 四万温泉はちょうど草津から江戸に帰る途中に位置し、ナトリウムとカルシウムを含む柔らかな泉質が肌のお手入れにも最適でした。 今でも、草津の上がり湯と知られ、酸性泉で刺激を受け乾燥しがちな肌を柔らかく包み込み、しっとりつやつやな美肌にしてくれると人気です。
源泉数は42箇所!湯量も豊富な名泉
群馬県の源泉実態調査において、県の源泉台帳に登録されている源泉は、全42ヶ所あります。
湧出形態は、3ヶ所が堀さく源泉で、堀さく深度は100m~300mと浅く、その他の39ヶ所は、自然湧出となっている。 全体の湧出量は、毎分約3,500㍑、PHは平均7.7(平成13年度)となっていて、泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉。湧出している温泉については、 トリチウム試験の限界50年より昔のお湯が湧出しています。
四万の人口
四万温泉の人はみな温かく、訪れてくださった方々に様々なおもてなしで歓迎いたします。
平成31年4月現在
世帯数 | 286世帯 |
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合計 | 491人 |
四万の気候・風土
山々に囲まれた群馬県・四万温泉。国立公園内にある避暑地として最適な温泉地です。
四万温泉は群馬県の北西、新潟県の県境に近く、上信越国立公園の東部に位置しています。
四方を千メートルを越える山々にとり囲まれ、山合いを縫って走る四万川の流れに沿った温泉場です。
気候は、内陸である上に標高が高いので年較差が比較的に大きい。
一口で一年の気候をあらわすならば年間を通して冷しく、避暑地として最適です。
四万にないもの
四万は大自然の中のオアシス。
都会の喧騒とは程遠い世界。
静寂と自然の音の溢れる温泉地です。
NAKANOJO AREA